ニコンサロンフォトレビューに挑戦!作家になるってどういうこと?


第1回ニコンサロンフォトレビューということで、ポートフォリオレビューに参加してきました。今回も公開処刑にびびりつつ、自分のレベルアップのためには勉強が不可欠との認識からの参加です。

以前も書きましたが、ポートフォリオレビューとは、プロの作家さんに自分の作品を見てもらうイベントです。ニコンさんもこのイベントをお行っており、公開で行われます。場合によっては公開処刑ということもあり得るというわけでございます……。まあプロを目指している人へのレビューですし、しかも講評するのはアーティストですからね、結構辛口のコメントも見受けられました 笑

 

今回、自分はポートフォリオレビューに参加したわけですが、そもそもニコンもいろいろと変革の年を迎えているようです。これまで若手部門と一般部門を分けて展示の募集をしていたみたいですが、これからは部門を統一して募集するとのこと。

と言いつつ、若手支援的なことは続けてくれるみたいで、今回のポートフォリオレビューも若手支援の一つ。35歳以下なら先着順でプロの、しかもニコンサロン選考委員のお話を聞けるわけですから、非常にありがたいです。

 

今回のレビュアーは金村修さん✖️北島敬三さん、そして蔵真墨さん✖️長島有里枝さんの2組。それぞれからレビューしてもらえることになりました。

 

今回新たに学んだこと

ぼくが今回、これだけは忘れたらいけないな、と思ったのは、「写真を発表することは、自分の態度の表明であること」ということ、そして例えばニコンサロンで発表するということは「ニコンとして、ニコンサロンの選考委員としての態度を表明すること」であるということです。

 

写真を発表するということは、肯定的なものであれ否定的なものであり、自分の価値観を他者に公表するということです。そして、ニコンサロンで発表するということは、ある意味ニコンとしてこういう写真はありだということを世に示すことになるわけです。

また、こういう写真の発表というものは、個人的な体験を他者に共有しようとする行為であることも、心に留めておく必要があると講評していました。言われてみればもっともな話ですが、他者に共有し、なんらかの共感、もしくは強くリジェクトされるようなものでなければ、発表する意味がないのかもしれません。自分の思い出としてアルバムにしまっておけば良いですからね。

 

これは現代社会ならではなのかもしれませんが、作家としてやっていくのであれば、いわゆるフォトジェニックなものを集めていく姿勢からはどこかで抜け出さなければならないのだと思いました。

特に海外で写真を撮っている自分の場合、どうしても撮りたいと思うもの、撮っていて楽しいものがたくさんあります。それがフォトジェニックな対象であることは極めて多いです。ただ、そういうものを撮っている人は世の中にごまんといるわけで、その人たちと自分は何が違うのか、ということを常に考えていかなければいけないのでしょう。単に旅の情緒を誘うだけでは、作家としては他にいくらでもいるし、自分が発表する必要はないというわけです。

その他勉強になったことメモ!

・美意識のイメージは、どこかで揺らぎがあると面白い。自分のイメージの限界を超えて、自分の美意識と反するものをセレクトすることで変化が生まれることも。

・何かしらのコンセプトをきちんと作っておくと、それはそれで良い。

・単に旅行の写真でフォトジェニックなものを作っても、選考では確実に落ちる。

・写真のサイズも縦横も自由にして良い。写真に正しい色なんてない。大きく引き伸ばしたものを写真に撮って提出するのだってあり。言葉を写真に撮っても良い。

・ステートメントは詩的なものよりもきちんと説明を。きちんと説明しないと共感は得られにくい。

・海外写真であれば、同じように撮影に向かっている人は大抵前提条件として同じようなことを考えている。人の温かさとか、強く生きることの素晴らしさなどなど。しかしそれは当たり前の次元として、それでも他者ではなく自分が行って撮影する意味を確立することが重要。

・先進国から途上国に行って撮影することは、ある種の権力関係を前提としている。そういう批判があることも踏まえて、自分が記念として撮るのではなく、何か訴えたいものがあるのか、自分にしかできない必然性は何かということをよくよく考えること。

・作品全体からストーリー、物語性が感じられるか。自分が海外で撮ることの使命感や、なぜ他者と共有しようと思うかをよく考えること。

・海外写真は知らない人には何かわからない場合も。キャプションをつけるなどして、相手の理解を深めながら見せることも一案。

・人の生き様を撮ろうと思ったら人の姿を撮らないといけないというのは必ずしも正しくはない。無機物からでも十分に人の生き様をとることは可能。かえって人が写っていないことによって人を感じることもある。

・人をとる人は、人が苦手だからこそ撮っている場合も。人が苦手だけど、でも近づきたいという相反する気持ちを表現していく。

・様々な種類の写真を混ぜればバラエティ豊かになるとは限らない。同じテーマのものを様々な角度で撮った方が変化に富むことも十分にあり得る。


 

最後になりますが、自分のように人物をとる人間にとって最低限必要なことであり、もっとも大切なことの一つは、写真そのものから他者に対する尊敬の念が滲み出ることなんだと感じました。これは自分の態度であり、他者との共有を前提とする発表であるなら、抑えておかなけらばならないでしょう。

今度のニコンのポートフォリオレビューは、夏に予定されているそうです。

雨のち晴れ。こっからが本当の勝負だ!


投稿者: らぴ

旅とカメラと。NikonのD750と58mmf1.4、そして14-24mmf2.8が相棒。望遠欲しい。スポーツとか仕事についても書きます。 雨のち晴れ。いつかきっと晴れるよね。

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