親と一緒に海外旅行に行ってみた!父をバックパッカーにして東南アジアをうろうろ。


60歳を超えた父を、旅に連れ出したことがあります。父にとってたぶん最初で最後の「バックパッカー的な旅」です。

お世辞にも裕福な家庭ではなかった僕の実家。朝ご飯は、ごはんと味噌汁、それにもやし炒め。父はひたすら働いていたので、海外に行ったことはほとんどありません。

自分は、父のおかげで教育を受け、今もなんとか生活することができています。就職が決まってから、そして就職してからは、東南アジアや中国・ウイグル、パキスタンなどに旅行することもできました。旅をする中で、面白い人々や素敵な文化、息を呑むような美しい風景に何度も出会いました。心を揺さぶられることも多く、今では旅のない人生は考えられません。


こうして素晴らしい経験をする中で、これを父にも味わわせたいと思うようになりました。自分が本当に素晴らしいと思ったことで、しかも父は全く経験したことがないんです。自分にとって、こうした経験をしないままに人生を終えるだなんて、考えただけでゾッとするくらいです。

歴史、文化、その土地で生きる人々……それら全てが、世界について考えるためのきっかけになるものでした。自分が仕事の休みを利用して旅行しているときに、パキスタンのこの船の上では、どう見ても十代の少年が自分の子供を背負って対岸に渡ろうとしてる。ウイグルのタクシー運転手は、地域の不安定さが観光客を遠ざけ、今はなかなか仕事に有り付けないと嘆く。ラオスは各国の援助に関するショーウィンドーのようになっている。

これらは全て、日本にいては考えもしなかったことですし、仮に考えたとしても、実感を伴わない想像で終わっていたことでしょう。こうした経験は、少なくとも自分に「世界」や「人生」を考えさせるきっかけを与えてくれ、こうしたものを見て考えられるだけでも、とてつもなく幸せなことだと感じました。

このように、旅は私の人生に大きな影響を与えるものでした。自分にとって価値が高いものでしたので、是非とも父にも味わってもらおうと考えたわけです。「どうやったって経験してもらわなきゃ!」というわけです。こうした理由から、父をバックパッカーにしてやろうと決めました。

チェンマイ夜市

父ももうよい歳。できるだけ早い時期に行っておかないと、体力的に難しくなってしまうかもしれません。「いつ行くの?」ではないですが、今すぐにでも行っておいたほうがよいと考えました。だから、思いついてすぐに相談し、飛行機等を手配しました。

飛行機で長い時間座り続けるのが嫌だというので、できる限り近い場所で。でも一般的な旅行では行けないようなところに行かないと、僕が連れて行く意味がありません。そんな訳で、東南アジアの山奥へ。日本人の高齢旅行者があんまりこないところと考え、タイのチェンマイから更に奥へ。

パーイやチェンライ、そしてゴールデントライアングル、メーサローン。ツアーを使えば効率よくたくさんまわれるのはわかっていましたが、ほとんどローカルな交通機関を使いました。地元の人たちと一緒に、エアコンもなく、窓を開けっ放しにしてなんとか涼もうと努める感じがまさに旅って感じでした。ソンテウの荷台に乗って揺られ、一面に広がる茶畑を見たときには、どうにも満足げな表情。ツアーに比べて不便な旅であることは間違いなかったのですが、父は特段嫌がる訳でもなく、むしろ新鮮な感覚を得たかのように見えました。


別に僕と父は普段からたくさん話をする訳でもなく、どちらかといえば趣味も合わない。自分はできる限り物事を合理的に済ませたいし、何事もどういう理屈が背景にあるのか気になってしまいます。片や父は、そういった理屈は二の次で、物事が身近な人間関係に影響を与えないかどうかを気にしてしまうタイプです。理屈なんてどうでも良いんです。別にどちらの考え方が正しいとかいうものでもないのですが、僕と父の考え方の違いは、もはや違う世界で生きている人のようでした。ジェネレーションギャップどころの話ではありません。

旅の途中でも、僕が盛り上がっているところで興味なさそうな顔をしているし、逆に「なぜここで!?」という場面で妙に盛り上がっていたりします。僕が頑張って安くて美味しい店を探して連れて行っても、そんなことは露知らず、「これ美味しいねぇ」程度です。少数民族が住む村に連れて行っても、その辺で歩いている牛を見て喜んでいましたし。「そこなじゃないから!」と言いたくなるのは、自分のエゴというものでしょう。だいたいにしてiPhoneを持っているのに、wifiを知らないくらいです(別に知らなくても良いのですが)。

タイ森林

父にとって、ゲストハウスも、乗り合いバスも、英語での値段交渉も、屋台のおかゆも、もちろん定番のお寺めぐりも含め、全部初めて。60歳の定年を過ぎて初めてのことに出会ったんですね。

貴重な休みを1週間以上父にプレゼントしたわけですが、後悔はありません。父をローカルバスに乗せてあげられたし、地元の屋台にも連れて行けました。川辺で生ぬるい風を浴びながら、時間を気にせずにビールを飲ませてあげることもできました。

旅を終えた今思うのは、「やっぱり連れて行ってよかった」ってこと。イラついたとしても、やらせないまあにしていたら、きっとすごく後悔したと思います。

川辺のレストランでビールをオーダーし、向こう岸を見ながら口をポカンと開け、「あっちって違う国なんだなぁ……。なんだかすごく不思議な感じだ。」と、今まで見たことのない世界を目の当たりにして驚きと満足をたたえた父の横顔を見て思いました。


 

自分が大学を卒業して働くようになる頃には、両親は思った以上に歳を重ねています。すでに何が起きても驚き得ないほどの年齢になっているはずです。このような両親に対し、ぼくたちは何ができるでしょう。仕事はなかなか休めないし、そもそも給料だって高くない。なかなか休めないのだから、せっかくの旅行は自分一人か友人と二人で楽しみたい……いろいろな理由で、両親と旅することをためらうでしょう。だからこそ、できるうちに旅行に連れ出すことが重要なんです。

ちなみに、旅の途中ではさほど感動を示さなかった父ですが、帰国後はさりげなく海外を旅する番組を見るようになったとか。また行きたいとか言い出すのかも。


投稿者: らぴ

旅とカメラと。NikonのD750と58mmf1.4、そして14-24mmf2.8が相棒。望遠欲しい。スポーツとか仕事についても書きます。 雨のち晴れ。いつかきっと晴れるよね。

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