ニコンの新型大三元「af-s nikkor 70-200mm f/2.8 ed vr ⅱ」を半年使ってみた


購入から半年ほどたちましたので、そろそろレビューを。

前々から欲しいと思っていた望遠レンズ。そろそろ新型が出るだろう、新型が出たら買おうと決めていたところで発売された70-200の新型。年末年始の旅行前に購入し、ウイグルやキルギスでは大活躍。その後ゴールデンウィークに再訪したウイグルでも、これなしでは撮れなかった画がたくさんあります。

キルギスのロバ

この新型大三元を手にするまでは58mm主体で撮影していたのですが、明らかに撮影のチャンスが広がりました。そして特にアップで撮るのが非常に楽になりました。センターアイのポートレートがバッチリ決まるのですごく気持ちが良いです。

自分の場合は旅の写真がメインですから、ほぼ一期一会。逃したチャンスは二度と巡ってきません。だからズームレンズで確実に自分が撮りたい画角で撮れるのは非常に便利です。

で、実際どんな画が撮れるの? 

非常に繊細な画が出てきます。自分はいきなり最高のレンズに手を出す派なので、前に使っていたレンズとの比較はできませんが、どうみても素晴らしい解像感です。立体感や空気感を映し出してくれます。「なんか目で見ているよりも本物らしい」と言えるような感じです。

 

自分の場合、途上国の電気もないような場所で撮影することも多いので、レンズの明るさは非常に重要です。その点でも、解放F値が2.8で一定ですから、ほとんどの場面で困ることがありません。ISOを上げればだいたいブレなく撮ることが可能です。

ここにおいても単焦点の明るさにズームはかなわないわけですが、58mmのようにf1.4ともなると、ピントが合う範囲が狭すぎて、これはこれで撮るのが難しいわけです。当然ピントがあった部分以外は大きくぼけてしまいますし。

東京の夜桜

レンズの側面についたピント合わせボタンですが、最初は面白くて使ってみましたが、親指AFの方が便利に感じてしまい最近は全く使っていません。自分にとってはあまり必要のない機能でした。

で、悪いところはないの??

正直、悪いところは見つかりません。強いて言うなら、やはり足が止まりがちになってしまうことでしょうか。便利すぎるんですよね。この距離感、この絞りで撮りたいというのが58の単焦点で撮っている頃よりも意識しづらいのは確かです。そこはテクニックや意識の問題が大きいのですが、そうは言っても多少は足に影響してしまうことも。

 

また、いくら画質が素晴らしいとは言っても、58mmで完全にはまった時の画には及ばないと感じます。やはり高級大口径単焦点の画質は、値段相応の素晴らしさを持っています。ぼくがこれまでメインとなる標準域に、ズームの大三元ではなく単焦点を使ってきた理由ですね。

 

もう一つ言うと、大三元共通の課題である重さは否定できません。前モデルよりも100g軽くなってすごいと言われていますが、前モデルを使ったことがない自分からしてみたら十分に重いと思えるくらいの重量感があります。長時間持って歩くとかなり疲れるし、初めて一日中振り回した時は、次の日に筋肉痛になりました。

 


26万円もする高級レンズ。タムロンやシグマなどのサードパーティも優秀と言われる中で10万円も高いレンズを買ったわけですが、自分は後悔していません。所有欲を満たしてくれることはもちろんのこと、素晴らしい画を描いてくれます。

今後のレンズの使い方ですが、できれば本体2台持ちD810の新型に58mm、今使っているD750に70-200をつけるようにしたいです。そうすればまさに鬼に金棒ですよね。だいたいどんな状況でも対応できるようになると思っています。

 

雨のち晴れ。最高の大三元があればどんな場面でも対応できますよ!


ウイグル撮影の反省 ー事前準備・待つこと・覚悟を決めることー


ウイグル撮影の旅もあっという間に終わり、しんどい日常に戻ってきて早2週間。

今回はアクシデントも多かったですが、撮影に集中して取り組んだことは確かですので、ここに反省しつつ次に生かしていくための備忘録を残しておこうと思います。

絶対に欲しいカットをいくつか決めておく

今回の旅で一番大きかったのは、日本にいる時から「絶対に欲しいカット・構図はこういうもの」という事前準備を行った点でしょう。

これまでの自分は、画面右寄りに被写体がある形で撮ることが多く、構図が単調になりがちでした。これを意識的に変えるために、特に主題が左よりに位置する写真、リフレクション、額縁構図と集中線構図のものは確実に撮ってこようと心に決めていました。

 

毎晩自分の写真をチェックすることで、現時点で撮れているものと撮れていないものが明確になり、次の日にはまた目的意識を持つことができました。

撮影準備は、風景写真では定番ですが、スナップで周到な準備という話はなかなか聞きません。偶然の出会いが、思いもしなかったような名場面を捉えるチャンスになることも少なくないのは確かです。しかし、事前に準備をしていけば、特に30枚などの組写真を作成するときには非常にやりやすくなると感じました。

 

粘ることで生まれる写真

もう一つは、とにかく粘ったこと。旅行それ自体を楽しむことが目的だった頃は、とにかく一歩でもたくさん歩みを進めることに集中していました。今までに見たことのないような光景に出会う確率が上がるからです。そして、頑張って歩き回ることによって、結果として良い写真が撮れることもありました。

それに対し今回は、本当に気になる場所があったら、そこで1時間くらい粘って撮り続けたり、同じ場所に次の日も改めて訪れるということをしました。普通のサムサ屋さんとかでです。

 

本気でジャーナリストをやっている人からしたら極めて当然のことかもしれません。また、風景写真などではアマチュアでも当然のように待って待って待ちまくるということをします。今回、スナップで同じことをして見ることによって、以前までは偶然良い写真が撮れている感じだったのが、撮るべくして撮ったと言えるくらいに変化したのではないかと感じます。

 

例えば、メインの被写体は決まっている中で、そのメインを最も引き立たせようと思ったら、最高の副題が必要になります。最高の副題を考えたとき、その色彩バランスや、動きの有無などを考慮することになるでしょう。また、最初の一枚はカメラ目線で撮影するとしても、一定程度の時間をかけることによって、日常の自然な表情を撮れる可能性も大幅に上がったと感じます。

「待つこと」でこれらを確実に抑えることにより、「良い」と思える写真を撮れる確率はグッと上がります。今回、それを実体験として蓄積できたことは、今後の撮影に大いに生きることになっていくことでしょう。

危険も犯した今回の撮影

誰にでも勧められることではありません。でもぼくは今回、危ない橋を渡りながら撮影し続けました。他の人だったら怖くて撮れないようなものを、危険を覚悟で撮影しました。危険を冒すことは他の誰かに迷惑をかける可能性があるわけですが、そのリスクを負ってもなお撮影する覚悟があるかどうかは、非常に重要な要素だと感じます。

覚悟を決めた分、撮影できた写真は貴重で良いものに仕上がっています。日本に帰ってきた今、ウイグルでの写真を見返すと、やはりウイグルの現状を伝えるためには、必要不可欠なものだったと感じます。

 

海外でスナップ写真を撮るということは、誰かの生活にお邪魔するということです。別の言葉で言い換えれば、誰かの人生に介入することとも言えるでしょう。そんなに思いつめないで楽しく写真を撮れば良いんじゃないの?という考え方もありますが、ぼくは、他人の生活にお邪魔するからには、何をしたいのか自問自答してみることも必要ではないかと考えています。

自分は、ウイグルにしろタシュクルガンにしろ、なかなか伝えられることがない現状について、きちんと記録に残して伝えたいと思っています。まあ、そういう考え方自体、先進国側の傲慢と批判されても仕方がないですが。

 


今回、自分の中ではアクシデントが多かったにもかかわらず頑張った方だと思っています。批判的な反省については、もう少しじっくり考えた上で追記したいと思います。

雨のち晴れ。一歩一歩、前に進もう。