日本人宿はお嫌い? 〜海外で日本人と付き合うこと〜


日本人宿って泊まったことありますか?好きですか?嫌いですか?

先日、海外で日本食を食べることの是非についてぼくの考えを書きました。

海外旅行で日本食を食べるのはアリかナシか?

 

海外で日本食問題以上に議論となるのが、日本人宿に泊まることの是非、ひいては海外で日本人と付き合うのはアリかナシかという問題。付き合うとか言って、海外で彼女ができたら万々歳じゃないか!議論の余地とかないだろ!ていうかなんで俺にはできないんだよ……。

根っこのところは海外で日本食問題と同じで、せっかく海外に来ているんだからどっぷりと海外の雰囲気に浸かるべきではないのか?日本人と付き合うなら日本で付き合えば良いじゃないか?派と、いやいやそんなことないっしょ!派の争いです。

 

そもそも日本人宿とは、バックパッカーをやっている日本人が多く集う宿のことです。日本人が経営している場合も多く、日本食を食べられたり、日本の書籍が置いてあったりします。日本人向けのツアーなどを開催していることもあり、特に英語が苦手な人にとって重宝する宿です。

このような宿に泊まる場合、必然的に日本人と接触する可能性は高くなり、宿のあちこちから日本語が聞こえてきます。便利ですが海外っぽさは薄いと言えるかもしれません(ぼくはそう思わないけど)。

 

ぼくの場合、海外で日本人と会ったら積極的に声をかけ、そのまま一緒に行動することもあります。秘境の村を自分ひとりで訪問して現地の人と交流したい時などは別ですが、基本的に観光地では誰かと一緒に歩く方を好みます。

 

 ぼくと日本人宿の出会い

ぼくが初めて泊まった日本人宿は、バンコクの某ゲストハウス。日本の象徴とも言える花の名前を冠しています。ナット2やカンボジアのヤマトゲストハウスにも泊まったことがあります。ミャンマーのピンサルパも大きくくくれば日本人宿に入れても良いでしょう。

バンコクとカンボジアのゲストハウスに泊まったのは、友人とインドシナ一周をしている途中です。大学院を修了した後、就職が決まってそろそろニート期間も終わろうとしている頃でした。

 

バンコクの某ゲストハウスは、地球の歩き方で知りました。初めてのバックパッカーだったので、とりあえず本に載っているところに行った方が安全だと考えて決めました。

この日本人宿は昔日本人が経営していたそうですが、今はタイ人の手に渡っており、お世辞にも居心地が良いとは言えませんでした。宿の中をネズミがダッシュしていますし、ベッドとは名ばかりでものすごく硬かったです。そこまでは許せるとしても、夜も電気を消せないというのは非常に辛かった。電気を消すとなんと南京虫が出てくるのだとか。

 

そんな事情があるとは露知らず、ぼくのような若者が何人か集まっていました。ぼくはここで出会ったフジ君(仮名)と仲良くなり、一緒に夜のカオサンを楽しみました。ぼくとフジ君は同じように春の就職が決まっていました。そういう境遇の近さもあって、余計に話が弾んだのかもしれません。

一緒にシンハービールを買って宿で飲み語らった訳です。バンコクでどこに行ったか、どこから来てこれからどうするのか等、話はつきません。海外で日本人と話をすることの新鮮さもあったのかもしれません。帰国後に一緒に飲みに行ったこともあります。今でも良い思い出です。

 

 日本人となら日本で会ったら良い?いえいえ、会えないですから。

フジ君との出会いを皮切りに、その後もたくさんの人と知り合いました。最近は秘境と呼ばれるところばかり行くので日本人宿はないことが多いのですが、それでも数少ない宿では自然と日本人と会う機会が多くなります。

 

学生だけでなく、働いて数年経ったお兄さんや仕事を辞めてきたというおじちゃん、青年海外協力隊に参加していたことがあるお姉さん等々、いろいろなバックグラウンドを持つ人たち。中には沈没(特に目的もなく一つの場所でのんびりしている、もしくは動く気力を無くしてしまっている)している人や、世捨て人のような方もいました。こうして出会った人から様々な話を聞くたびに刺激を受け、それ自体が海外旅行の素敵な思い出の一つになっています。

 

自分自身が海外で日本人と会うようになって気づいたのは、海外で出会う日本人は、やっぱりぼくが普段会うような日本人とは違うということです。

ぼくが海外でも日本の人と会いたい理由は大きく2つ。①趣味が同じなので、気が合う場合が多いこと、②普段会えないようなバックグラウンドの人が多く話が面白いこと、です。

 

まず第一に、お互いが海外に興味を持っているので趣味が共通しています。海外を旅行している最中に出会う訳ですから、出会いの時点で「海外に来ようと思った人」というフィルターがかかってます。海外に興味がなければ海外旅行にはこないですからね。

この趣味が共通という話は、秘境に行けば行くほど顕著になります。カシミールに関心がある人なんて、普段の生活ではまず見つけられません。同じ趣味のある人を探すのが大変なぼくにとって、最も趣味を共有できる人と出会えるのは旅行中です。

 

第二に、学校で勉強したり会社で働いていても会えないような、ちょっと変わった経験を持っている人がたくさんいます。

カオサンでは日本の生活に疲れて沈没している人や怪しいお店にひたすら通っている人がいました。カンボジアではタイで働いているという人に、カシュガルではウイグル自治区を馬で旅してみたという学生に会いました。

こういった方々と普段の生活で出会う可能性はほぼ無いと言っても良いです。彼らの人生経験や話の引き出しは一風変わっていて、それでいて聞いているとワクワクするものです。同じ日本人でありながらこんなに価値観や経験が違うのか!と驚き興奮します。自分の生き方を見つめ直すこともしばしばです。

 

というか、そもそも日本国内で見ず知らずの人と会話をすることってありますか?少なくともぼくはありません。

普段の生活では、自分が選んだテリトリーの中で、限られた人としか付き合わないのが通常ではないでしょうか。普段から気の合う人と一緒にいれば心が休まりますし、楽しく毎日を送ることができます。その一方で、新しい考え方と出会うことはありませんから、自分の価値観が変化するほどの驚きに出会うような可能性は限りなく低くなっていきます。

ぼくは一度きりの人生でよりたくさんのことを知りたいし、自分以外の人がどのような人生を送っているかにも興味があります。海外であれば見ず知らずの人同士でも「同じ日本人」ということだけで親しくなれる可能性がぐっと高まります。普段会えないような人と仲良くなれるだなんて、またとないチャンスだと思います。

 


 

「海外に行ってまで日本人とつるむだなんて……。」

このように言われることも少なくありません。ですがぼくは海外で日本人と会って話をしたり行動を共にすることは、日本ではできない経験だと思っていますし、そこにしかない価値を見出します。

 

もちろん、いつもいつもそうするべきだと言いたいわけではありません。あくまで一人を貫くのも良いですし、宿で出会った外国人と仲良くなるのだって楽しいものです。ただ、日本人とは付き合わないと頑なになるのはちょっともったいないな、と思います。

どこで会えるのか分からないという方は、まず日本人宿を探してみてください。ゲストハウスで交流することができるでしょう。人と話すことが嫌いでなければ、きっと素敵な思い出になります。

一度やってみて、嫌ならやめれば良いだけの話です。食わず嫌いにならず、まずは一度チャレンジしてみてください。

 

雨のち晴れ。いつかきっと晴れるよね。

(2016.11.13リライト)


国境越えの魅力。陸路で越えるは旅のロマン!


らぴです。バックパッカーで各国を周遊するときの楽しみの一つ、そして不安の元にもなるのが国境越え。

 

周囲を海に囲まれた日本では、国境の概念を意識することがほとんどないと思います。でも、海外で旅をしていると、国と国との境というものについて強く意識します。僕はアジアを旅していますが、その場合の多くは川や山などの自然によって分けられています。

ぼくが父を連れてタイ北部を旅したとき、父が最も感動したのがゴールデントライアングルでした。自分が立っている場所がタイで対岸がラオス、そしてすぐそこに見えているのがミャンマーという状況が、とても不思議に思えたそうです。

 

バックパッカーをしていれば、陸路での国境越えを普通に行います。ぼくの場合、マレーシア−タイ、タイ−ラオス、カンボジア−タイ、中国−パキスタン、パキスタン−中国で陸路の国境越えを行いました。どれもそれぞれ印象深く、まさに旅をしているという感覚に浸ることができました。

 

 国境越えはドキドキ!パキスタンから中国へ入国したときの話



ぼくは陸路での国境越えが好きです。デメリットもたくさんありますが、それでも好きです。最も記憶に残っている国境越えは、パキスタンから中国(ウイグル自治区)に戻るタイミングでした。

 

パキスタンのスストで一度出国手続きをしてバスに乗り込み、そしてクンジュラブ峠の最高地点付近へ。この最高付近あたりに中国とパキスタンの国境が引かれていて、そこには検問所があります。

たくさんのパキスタン人と一緒に一度バスを降り、検問所へ。海外の検問の多くは非常に時間がかかります。効率化とか合理化みたいな発想はなく、ひたすらゆっくりですので、はじめからそのつもりでいなければ、気持ちが疲弊してしまいます。どうせかなり時間がかかるだろうと覚悟していたのですが、案の定でした。

 

待っている間は適当に同情していたパキスタンの人と会話。パキスタンの人はたくさんの荷物を抱えていて、中にはルビーの原石を大きな袋いっぱいになるほど詰めたものを何袋も持ち込む人がいました。中パで商売をしているんですね。こういうのが見れるのもなかなか興味深いです。ぼくはルビーの原石なるものをもらいました。

そうこうしていると自分がチェックされる番。ここの検問はなかなか厳しく、手荷物からバックパックから全てひっくり返し、一点一点確認されました。もしものために持参していたボーシをまじまじと見られ、検査官の兄ちゃんにニヤリとされたときは死ぬほど恥ずかしかった。どうせ使う機会なんてなかったわい!どうも薬物関係を持ち込まれるのが怖いようで、麻薬探知犬とおぼしき犬もいました。検問所付近では写真も禁止。外で写真を撮ろうとしている観光客は咎められていました。乗ってきたバンもくまなく調べられました。

ぼくが特に不安だったのは、ボーシを見られることパキスタンで撮ってきた写真を消せと言われたり、お土産を没収されてしまうことでした。以前あった旅人で、旅先で出会った人からもらった大切なお土産を没収されてしまった人がいたからです。また、お国柄写真に厳しい面があるのは事実です。

 

ようやく検査が終わり、山を下って中国側の入国審査へ。ここではなんと検査官が誰もいない!ぼくらが着いてから電話で呼び寄せていて、結局1時間以上待たされました。一山超えるだけでも疲れるのに、さらに疲労が蓄積します。

そして「さて中国に戻ってきた、今日はタシュクルガンでカレーかな?」なんて呑気に考えていると、医務室に来いと言います。そして注射をする必要があるというんです。正直なところ、異国の地で得体の知れない注射をされるなんて怖すぎます。しかしやらなければ入国できないと言われ、仕方がなく受けてきました。

ハラハラドキドキ、最後まで期待を裏切らない国境越えになりました。

 

ちなみに、中国側からパキスタンに入るのとパキスタン側から中国に入るのは意味が違います。前者はパキスタンに入国しようとするもので、後者は中国に入ろうとするものだからです。中国側からパキスタンへの入国はもう少し緩かったです。

 

 国境越えは面白い!一度は体験してみる価値あり。

 

国境越えは怖いです。いろいろ没収されないかという不安はもとより、入国できなかったらどうしよう、と考えてしまいます。ぼくも何度か国境越えを経験しましたが、これらの不安が消えることはありません。

 

それでも、国境越えには抗えない魅力があります。自分の足で国境をまたぐということは、まさに旅のイメージそのものです。厳しい検査や態度の悪い検査官には辟易しますが、国を移動するということが大きな意味を持つことだと実感できます。まさに「ここからはぼくの国、そこからはあなたの国」ということが目の前で起きるのです。国というものの意味についても考えさせられます。日本人だから余計に新鮮に思うのかもしれませんね。

 

もう一つ、陸路で国境を越える時に面白いのが、パスポートに押してもらえるスタンプです。これはスタンプラリーの感覚そのものですが、珍しいスタンプを押してもらった時の喜びはひとしおです。思わずにやけてしまうほどです。

中国からパキスタンに抜けてそのままイスラマバードの空港から帰国、というルートをぼくがとらなかった理由の一つは、クンジュラーブ峠のスタンプを中パ両側で押して欲しかった、ということでした。なんだかものすごい冒険をした気分になれます。国境マニアがいるという話も聞くくらいです。

このときのスタンプは今でも時折見返します。ぼくの宝物の一つです。

 


 

一応言っておくと、国境越えは面倒です。

かなり時間を使いますし、不愉快な思いをすることもあるかもしれません。おまけに、やるたびにドキドキします。賄賂を要求される時もあります。良いことばかりどころか、良いことはあまりないと言っても良いでしょう。

 

でも、一度は陸路での国境越えを味わってほしいです。交通網が発達し、日本に住むぼくたちにとって、飛行機で国を移動することは金銭的にもさほど難しいことではありません。時間がかかってしかもお金もそれなりにかかる陸路での国境越えは、効率が良いとは言えません。

それでもあえて、陸路での国境越えに意味はあると言いたい。国境を自分の足で踏み越えていくことは、昔から変わらない旅の醍醐味であり、ロマンそのものだからです。

 

旅はロマンであり、出会いです。

雨のち晴れ。一歩踏み越えれば、違う世界が待ってるはず。