ザンスカールの行き方まとめ。ラダックの最深部へ


旅好きの間で、口コミで広がるインドの中のチベット圏ラダック。そのさらに奥のザンスカールは、日本から最短で4日間かかります。つまり往復で8日です。地球上に秘境なんてないなんて言われますが、そんな中でもまだ訪れる人が少なく、独特の生活をそのままに残す土地がザンスカールです。

 

トレッキングを除き、車で訪れることができるルートはカルギルからの12時間かかるオフロードのみということからも、訪れることの大変さがわかります。特に交通事情が頻繁に変わる途上国では、そのときそのときで行き当たりばったりになることも少なくはありません。

ぼく自身、ガイドブックを頼りに行ってみようと思ったものの、ほんの数年のうちにカルギル→パドゥムのバスがなくなっているなどして、臨機応変な対応が求められました。

 

訪れるのも大変だったし、実際に行ってからもしんどい環境だったのは確かでした。しかし、それでも味わい深くまた訪れたいと思える場所でした。これからザンスカールを訪れたいと思っている人の少しでも参考となるよう、ぼくがザンスカールに行ったときの工程について書き残しておこうと思います。

 

 日本からザンスカールへの道のり

日本からザンスカールへは最短で4日。しかもインドはビザが必要な国ですから、他の国よりも行くのが大変です。ぼくがザンスカールに行ったときの記録はこんな感じです。

【ザンスカールへの道のり】

  1. 日本→デリーへ。エアインディアでひとっ飛び。夜はデリー空港泊。デリー空港は空港泊の人にとっては辛い作りになっていて、ベンチで横になれません……【デリー空港泊】
  2. デリー→レーへ。朝早い飛行機で約1時間のフライト。乾いた山々を越えると一気に富士山よりも高い町へ。この日は高山病の危険性が高いので町でのんびりするのが吉。パーミッションをとったり次の日の準備をしましょう。【レー泊】
  3. 現地で出会った人と一緒にレー→バスゴやアルチなどゴンパ巡り→ラマユル。ゆっくり回っているとラマユルに着くのはもう日暮れの時間に。ラマユルでホームステイ的に宿泊【ラマユル泊】
  4. ラマユル→カルギル。カルギルからザンスカールへのシェアジープは朝早く出発して夕方に着く行程。この日はレーからやってくるバスに途中から乗車してカルギルまで。カルギルでは停電の中夜市を楽しむ。着いたらすぐにザンスカール行きの車を手配。【カルギル泊】
  5. カルギル→ザンスカール。この日は一日中移動。朝6時集合で案の定誰もこないという悲劇にめげず、山々や氷河を眺め、谷や川などあらゆるものを越えて、ザンスカールの中心地バドゥムまで。ちょうど夕暮れ時だったのでパドゥムゴンパから町を見渡してみる。【パドゥム泊】
  6. パドゥム→カルシャ→パドゥム→ザンラ。たまたま一緒の宿に泊まっていたお医者さんの車に乗せてもらい、カルシャゴンパまで。ザンスカール最大級のゴンパは、壁に埋め込まれたかのような風貌。ザンスカール自体ただただ広く寂しげな感じが漂っているだけに、余計に存在感を感じる。帰りは通りすがりの車に拾ってもらいパドゥムまで。毎日15〜16時頃に色々な場所にシェアジープが出ていますが、ザンラ行きのものに乗って一路ザンラへ。途中で乗客の家でなぜかチャイとお菓子をご馳走になりつつザンラへ。この日はホームステイ。【ザンラ泊】
  7. ザンラに丸一日滞在。旧王宮や尼僧院へ行ってみたり、現地の学校を訪問したり。非常に小さな村で、あっという間に歩き回れてしまうし、歩き回ったところで何もない。この乾いた土地で行きていくことについて思いをはせる。ちなみに星空はプレネタリウムを凌駕します。【ザンラ泊】
  8. ザンラ→ストンデ→パドゥム。ザンラからパドゥムに帰る途中でストンデに立ち寄る。険しい崖の上に建つストンデまで必死に登る。僧院でお昼をご馳走になり、お坊さんの家で一休みさせてもらう。ストンデゴンパから降りてパドゥムに向かうと前日にあった先生がたまたま通りかかり、車に乗せてもらう。そんなわけで夕方にはパドゥムに到着。【パドゥム泊】
  9. パドゥム周辺を散策。朝一でパドゥムゴンパに行ってみたり、知り合った学校の先生にご飯をご馳走になったり。一日ぶらりと過ごす。夜は寒波が押し寄せ、山に雪が積もる……ということで予定を早めてレーに帰ることに。【パドゥム泊】
  10. パドゥム→カルギル。来た道を戻る。【カルギル泊】
  11. カルギル→レー。これもほぼ1日かけて帰る。【レー泊】
  12. 時間を持て余しつつ、チョグラムサルへ。学校を訪問し楽しむ。日帰りで行けて満足度は高かった。お土産を物色したり。【レー泊】
  13. レーの町をぶらぶら。仲良くなったお土産やさんの家まで行ってお茶をご馳走になったり、一緒にご飯を食べたり。最後になってようやくレーの王宮を見に行く。【レー泊】
  14. 朝一でレー→デリーへ。空港で出会った人々と半日デリー観光。夕方の便で日本へ。【夜行便で日本へ】
  15. 朝、日本着。

 

2週間あればそれなりにザンスカールも楽しめます。あと1日あれば、ザンスカールでプクタルゴンパまで行きました。どうやら近年起きた洪水のせいで、今まで交通の要として機能していた橋が壊れてしまったようで、パドゥムからプクタルへは今まで以上に時間がかかるようになってしまったようです。

↑ストンデゴンパより。天空のトイレ。
↑ストンデゴンパより。天空のトイレ。

 ラダック・ザンスカール関連記事

最後に、ラダックザンスカール編の関連記事を紹介します。

【レー周辺】

インドの中のチベット、素朴で優しい祈りの地ラダック

【チョグラムサル】

ラダックの小さな町チョグラムサルで、チベットの学校に行ってみた話。

【カルギル】

印パが争った町カルギル:つまんないとか言わずに楽しもうよ。

【ザンスカール】

厳しさと優しさ、地上の果ての白銅の地ザンスカール

写真で見るザンスカール:荒野に生きるとは。

【マジュヌカティラ(番外編)】

デリーのチベット人難民街マジュヌカティラへ:ラダック旅行番外編

↑ザンラ村の尼僧院。
↑ザンラ村の尼僧院。

ラダックといえば、レー周辺のゴンパ巡りとパンゴン湖、ヌブラ渓谷あたりが鉄板で、なかなかザンスカールまで訪れる人はいません。実際のところ、レーまで行くのはあっという間ですが、ザンスカールまで行こうとすると日程的にも体力的にも大変です。

ですが実際に行ってみるとやはり噂になるだけのことはあって、他では得難い経験ができます。本当に谷の合間に小さな村が幾つかあるだけといった感じで、茫漠とした荒野が広がっています。世界って本当に広いんだな、と思える土地でした。

 

雨のち晴れ。ラダックの空は青いですよ。


デリーのチベット人難民街マジュヌカティラへ:ラダック旅行番外編


ラダックへ旅行に行くとき、かならずデリーを経由しますよね。ラダックでチベット圏を満喫して帰るとき、もう一押ししてみませんか。

ぼくがレーから日本に帰るとき、朝早くの飛行機でインド・デリーに飛び、そこから夕方まで待つ必要がありました。どうにも中途半端な時間で、デリーのあちこちを見るには時間が足りないし、かといってずっと空港で過ごすのも退屈です。そんなとき、ワンポイントだけのイメージで、旅行の締めくくりとしてデリーのチベット人街に行ってみました。

そんなわけで、デリーにあるチベット人難民が住んでいる地区、マジュヌカティラをご紹介します。

 

 マジュヌカティラってどんなとこ?

 

マジュヌカティラは、チベット難民が住んでいる地域です。

チベット人難民が住む地域といえば、まさに自分が旅行してきたラダックや、ダライ・ラマが住んでいるダラムサラをイメージします。ぼく自身、マジュヌカティラなんて聞いたこともありませんでした。そんな状態ですから、もともとマジュヌカティラに行くなんて予定は全くなかったのですが、ラダック旅行の途中でたまたま出会った人に教えてもらい、せっかくなので一緒に行かせてもらうことにしました。

 

ぼくの場合、ラダック旅行を終えてレーからデリーに到着した後にのコリの時間を使うものでしたので、インディラガンジー国際空港からマジュヌカティラに直行することにしました。一緒に行動する日本人グループと一緒にタクシーをシェア。

マジュヌカティラを散策する前に、まずは腹ごしらえ。朝レーを出てからだいぶ時間が経っていたので、すでにお昼を過ぎています。この地域はチベット難民街だけあって、チベット料理を食べることができます。せっかくインドのデリーにいるのに本場のカレーを食べないのもどうよ?って感じがしないでもないですが、今回の旅行はチベット旅ということで、皆でチベットレストランに入りました。モモやトゥクパ、チョウメンなどチベット風の料理は一通りあります。そしてなかなか美味しい。

入り口にほど近い陸橋にはタルチョがはためきます
入り口にほど近い陸橋にはタルチョがはためきます

腹ごしらえを済ませて実際に入ってみると、とても薄暗くて、まさに難民の方が暮らしているというイメージにぴったりでした。暗い路地に家や店が並んでいて、ところどころにチベット地域特有の五色の旗・タルチョがはためいています。観光客も以外と来るようで、チベットグッズを売っている土産物屋もあります。

地域の中央はチベット仏教寺院がある広場になっています。寺院はそれほど大きくないのですが、ダライ・ラマの肖像画しっかり掲げられ、大きなマニ車もあるなど、チベット寺院の特徴はしっかり備えたもの。ラダックであれば真っ白な外壁のゴンパが多いのですが、ここでは中国風の建物で、その点はラダックと大きく違います。

 

この広場、ちょっとした軽食を食べれる屋台が出ていたり、女性がミサンガを売っていたり。野菜売りの少女もいました。なんとも穏やかな空気が流れています。人々の憩いの場でもあるようです。チベット仏教の方は非常に信仰心に厚いということも、この広場の周りに人が集まる理由の一つでしょう。

その一方で、普段からそうなのかわかりませんが、このときはチベット人の境遇に抗議の意を示すためにハンガーストライキが行われているようでした。正面にチベット仏教寺院、背面にハンガーストライキの横断幕が掲げられている様を見ると、自分が難民街に来ているということを思い出します。

マジュヌカティラでは薄暗い路地が続きます
マジュヌカティラでは薄暗い路地が続きます

ラダックももともとはチベット本土から渡ってきた人たちが住んでいる地域ですが、長い時間をかけてインドに定着しているので、悲壮感みたいなものはありません。チベットよりもチベットらしいと言われるのも、そんな穏やかな暮らしぶりがあるからでしょう。

他方、このマジュヌカティラはチベット人が迫害等の厳しい状況に置かれていることを象徴しているようです。宗教や政治は様々な事情で軋轢が生まれやすい分野であることはわかっていますが、できることならみんなが幸せに暮らせれば良いのになぁ……なんて思いました。

 


 

「ラダック」なんて聞いたこともないという人が多い中、その存在を知って旅せずにはいられないような皆様。せっかくラダックまで行ってチベットに触れたのなら、最後の一押しもチベットで締めてみませんか?ラダックとはまた違った雰囲気のチベット地区に、いろいろと思うところも出てくると思います。

 

雨のち晴れ。いつかみんなが幸せに暮らせますように。

 

ラダック・ザンスカール本編はこちら↓

ザンスカールへの行き方まとめ:ラダックの最深部へ